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内藤寛太郎が44歳で初優勝!妻・家族・年齢・東北福祉大からプロ21年目までの経歴

内藤寛太郎が44歳で初優勝!妻・家族・年齢・東北福祉大からプロ21年目までの経歴

2026年9月、男子ゴルフ界で大きな話題となったのが内藤寛太郎(ないとう・ひろたろう)プロです。

2026年9月20日に行われた「ANAオープンゴルフトーナメント」最終日で、通算25アンダーを記録。

44歳にして、悲願のレギュラーツアー初優勝を飾りました。しかも2位に5打差をつけての圧勝でした。

優勝インタビューでは、

「本当に長かった」

と、これまでのゴルフ人生を振り返った内藤寛太郎プロ。

実は内藤プロは、若い頃からエリート街道を走り続けてきた選手ではありません。

大学卒業後には研修生を経験し、その後はゴルフショップで働きながらプロを目指したという異色の経歴を持っています。

この記事では、内藤寛太郎プロの年齢や出身地、妻・子供などの家族、東北福祉大学時代、プロ転向から44歳での初優勝までを詳しく紹介します。

内藤 寛太郎


内藤寛太郎が44歳でツアー初優勝!

内藤寛太郎プロが悲願の初優勝を達成したのは、2026年9月17日~20日に札幌ゴルフ倶楽部 輪厚コースで行われたANAオープンゴルフトーナメントです。

最終日は19アンダーの単独首位からスタート。

前半からスコアを伸ばし、後半には15番、16番、17番で3連続バーディ。

最終的には、

通算25アンダー・263ストローク

で優勝しました。

順位選手スコア
1位内藤寛太郎-25
2位佐藤大平-20
3位T大岩龍一-19
3位T香妻陣一朗-19

2位の佐藤大平プロに5打差をつける圧勝でした。

しかも、この25アンダーはANAオープンの大会新記録。

ANAによると、尾崎将司プロが1994年、岩﨑亜久竜プロが2024年に記録した20アンダーを5打更新しました。

44歳123日での初優勝

さらに驚くのが、その年齢です。

内藤プロは44歳123日でレギュラーツアー初優勝。

ANAによると、これはツアー史上5番目、日本人選手では4番目の年長初優勝記録となりました。

20代の選手が多く活躍する現在の男子ツアーで、44歳にして初タイトル。

内藤プロにとって、まさに長年の努力が実った優勝となりました。

下部ツアーとレギュラーツアーを行き来、何か一つの咬み合わせがかみ合った優勝と言えます。

シードが保持出来ていなかったとしても、下部ツアーに出ることも難しい男子ツアー。

技術は十分だったが、あと一つのピースが足りてなかった・・・

あと一つがかみ合った内藤プロの今後に期待したいです。


内藤寛太郎の年齢・身長・出身などプロフィール

まずは内藤寛太郎プロのプロフィールを見てみましょう。

項目内容
名前内藤 寛太郎
読み方ないとう ひろたろう
生年月日1982年5月20日
年齢44歳(2026年9月現在)
出身地福島県
出身市福島県郡山市
身長172cm
体重77kg
血液型O型
出身大学東北福祉大学
ゴルフ開始14歳
プロ転向2006年12月21日
所属ロピア

JGTO公式プロフィールによると、内藤プロは1982年5月20日生まれ。

福島県郡山市出身で、14歳からゴルフを始めました。

ちなみに名前は「寛太郎」と書いて、

「ひろたろう」

と読みます。

ANAの優勝インタビューでは名前の由来についても明かしています。

父親が「寛(ひろし)」という名前で、祖父は「寛太郎(かんたろう)」と名付けたかったそうですが、父親が「ひろたろう」という読み方にしたとのことです。


内藤寛太郎の妻はどんな人?

ANAオープン優勝によって注目度が一気に高まると、

「内藤寛太郎は結婚している?」
「妻はどんな人?」

と気になる人もいるでしょう。

ただ、2026年9月21日時点で確認したJGTO公式プロフィールや今回の優勝報道では、妻の名前や年齢、職業などの詳しい情報は確認できませんでした。

一方、ALBAの選手プロフィールでは内藤プロの趣味として、

「スキー、子育て」

と掲載されています。

少なくとも子育てをしていることは、選手プロフィールから確認できます。


内藤寛太郎に子供はいる?

内藤プロの子供についても、人数・年齢・性別などの詳しい情報は、今回確認した公式情報では公表されていません。

ただし前述した通り、ALBAのプロフィールには趣味として**「子育て」**と掲載されています。

そのため、この記事では、

「子供がいることをうかがわせる公式プロフィールはあるものの、詳しい家族構成は公表されていない」

という書き方にとどめます。


内藤寛太郎の父親・母親・妹は?

内藤プロの家族について、JGTO公式で確認できるエピソードがあります。

2011年3月11日に発生した東日本大震災の際、内藤プロは東京都内にいました。

しかし、福島県に住む両親とは丸3日、仙台に住む妹とは約1週間連絡が取れなかったといいます。

その後、家族の無事を確認。

故郷に戻った際には、震災による被害を目の当たりにしました。

内藤プロはその経験を今も忘れていないと話しています。

そして現在は地元・郡山市でジュニアイベントも開催。

自分を育ててくれた故郷への恩返しという意味も込めて、子供たちにゴルフを通じて夢を持ってもらう活動を続けています。

2026年のANAオープン優勝は、福島県出身選手として男子ツアー初優勝でもありました。


内藤寛太郎がゴルフを始めたのは14歳

内藤プロがゴルフを始めたのは14歳

プロゴルファーとしては、決して早いスタートではありません。

日大東北高校ではゴルフサークルに所属。

そこからゴルフの名門として知られる東北福祉大学ゴルフ部へ進みました。

東北福祉大学といえば、多くのプロゴルファーを輩出してきた大学です。

ところが、内藤プロは大学時代から常にトップ選手だったわけではありません。


東北福祉大学ではレギュラーになれたのは1度だけ

内藤プロの経歴で特に興味深いのが、東北福祉大学時代です。

JGTO公式プロフィールによると、

大学でレギュラーをつかんだのは1度だけ

でした。

大学のスター選手として活躍し、そのままプロ入りしたわけではありません。

ANAオープンの優勝インタビューでも、大学時代について触れています。

それでもゴルフを続けた理由について、内藤プロは「ゴルフをやっている以上は優勝したい」という趣旨の思いを語っています。

その思いが、20年以上後のツアー初優勝につながったことになります。


大学卒業後はゴルフ場の研修生に

東北福祉大学卒業後、内藤プロはすぐにツアープロになったわけではありません。

栃木県内のゴルフ場で研修生生活をスタート。

JGTOによると、約10カ月~1年で研修生生活を終え、地元の福島県郡山市へ戻りました。

ここから内藤プロの少し珍しいキャリアが始まります。


ゴルフショップ店員として働きながらプロを目指す

地元に戻った内藤プロは、

「ゴルフショップエーコー」

で働きながら練習を続けました。

現在のツアープロとしての姿からは想像しにくいかもしれません。

ゴルフショップの店員として働きながらプロを目指し、ついに2006年にプロテスト合格

JGTOでは2006年12月21日がツアープレーヤー転向日として登録されています。

そして2026年、報道上では「プロ21年目」と表現されるシーズンに、ようやくレギュラーツアー初優勝を手にしました。


プロ入り後すぐに下部ツアーで優勝

実はプロ入り後、結果が出るまでずっと時間がかかったわけではありません。

2008年、現在のACNツアーにあたる下部ツアーの「静ヒルズトミーカップ」に初出場。

そこで、いきなり優勝しています。

さらに2010年と2011年にはアジアンツアーに参戦。

2013年には下部ツアーで2勝目を挙げました。

つまり、下部ツアーでは早い段階から勝てる実力を見せていました。

それでもレギュラーツアーの優勝にはなかなか届きませんでした。


39歳で初めてシード選手に

内藤プロに大きな転機が訪れたのは2020-21シーズンです。

2020年「フジサンケイクラシック」で7位。

続く「日本オープン」では3位に入りました。

そして39歳にして、初めてシード選手となります。

しかし、そのシードも1年で失うことになります。

40歳を超え、再び下部ツアーが主戦場となりました。

普通なら「そろそろ引退」という言葉が頭をよぎっても不思議ではない年齢です。

それでも内藤プロはツアーで戦い続けました。


42歳でACNツアー11年ぶりの優勝

2024年にはACNツアー「ジャパンクリエイトチャレンジ」で優勝。

下部ツアーでは実に11年ぶりの優勝でした。

同年はACNツアー賞金ランキング2位。

2025年はレギュラーツアーの賞金ランキング71位となり、シード獲得にはあと一歩届きませんでした。

それでも挑戦を続けます。

そして2026年9月。

ついに大きな瞬間が訪れました。


プロ21年目、44歳でついに初優勝

2026年ANAオープン。

内藤プロは4日間で25アンダーという圧倒的なスコアを記録。

44歳で念願だったレギュラーツアー初優勝を達成しました。

優勝後に涙を見せた内藤プロ。

その理由を尋ねられると、長いゴルフ人生を振り返り「本当に長かった」という思いを語りました。

14歳でゴルフを始め、

日大東北高校

東北福祉大学

ゴルフ場研修生

ゴルフショップ店員

2006年プロテスト合格

下部ツアー優勝

39歳で初シード

シード喪失

42歳で下部ツアー11年ぶりV

44歳でレギュラーツアー初優勝

というキャリアです。

順風満帆とは言えないゴルフ人生だったからこそ、ANAオープンでの初優勝が大きな注目を集めました。


内藤寛太郎の今後にも注目

ANAオープン優勝によって、内藤寛太郎プロの今後にも注目が集まりそうです。

44歳という年齢を考えれば、20代の若手選手と飛距離で競うのは簡単ではありません。

実際、優勝インタビューでも、若い選手に飛距離で大きく上回られることについて触れています。

一方で、内藤プロ自身は若い頃と比べてプレー中の心理状態が落ち着いていると感じているそうです。

飛距離だけではなく、経験やマネジメント、ショートゲームなどを武器に戦えるのもベテラン選手の強みでしょう。

44歳でつかんだ初優勝が、これからのゴルフ人生をどう変えるのかにも注目です。


まとめ|内藤寛太郎は44歳で悲願のツアー初優勝

今回は、2026年ANAオープンで初優勝を飾った内藤寛太郎プロについて紹介しました。

内藤プロは1982年5月20日生まれの44歳、福島県郡山市出身

14歳からゴルフを始め、日大東北高校から東北福祉大学へ進学しました。

しかし大学ではレギュラーになれたのは1度だけ。

卒業後はゴルフ場の研修生を経験した後、地元のゴルフショップで働きながら練習し、2006年にプロテストに合格しました。

そして2026年ANAオープンでは、

44歳123日
通算25アンダー
2位に5打差
大会新記録
レギュラーツアー初優勝

という劇的な結果を残しました。

内藤 寛太郎
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